恋のきっかけは仕掛けるもの「宮戸川」

古典落語「宮戸川」は前半と後半に分かれている噺ですが、通常は前半だけ演じられます。
というのは、後半は「拐かし」の描写があることと、サゲがイマイチということで、演じる人が少ないようです。
前半で終わる場合は、「…と、こっから先は本が破れて」という粋なサゲ。そんな「宮戸川」に学ぶ、女から仕掛ける恋の話。


 うちの噺家の「宮戸川」によると

半七が碁でしくじってしまい締め出しを食らっていると、隣に住む船宿のお花も、歌留多遊びで遅くなってしまい、母親から締め出し中だった。
「あたしは霊岸島のおいさんのところへ行きますから」と言うと、お花は悪びれなく付いてくるという。
「飲み込みの久太」と呼ばれるほどの早とちりな叔父の家に、こんな夜更けに若いお嬢さんを連れては行けない。

「おじさん、なんでも飲み込んでしまって、明日になったら祝言を挙げるとか言い始めますよ。絶対だめですよ」
「いいじゃない。連れてってくださいな」

このまま家に入れないし行くあてもないんだものと、お花は半七の後をひたすら付いてくる。
なんだかんだで、霊岸島の叔父の家に着いてしまい、お花をみた叔父が盛大に勘違いをする。

「うまくやったな」
「違いますっ!」

万事心得たと、叔父はお花を招き入れ、嫌がっている半七にエスコートをするように促す。

「得手梯子、これは上げてしまえば下のものは上には行けませんからな。上には布団が一枚っきり。でも枕はふたあつ。下に居るのは年寄りだけで、耳が遠いですから。耳が遠い・で・す・か・ら」

と、下世話全開である。

叔父が女房に確かめてみると、お嬢さんは幼馴染のお花だという。
あんなにきれいな良いお嬢さんになったのかと感心しきり。自分たちの若い頃の思い出話となる。
その頃二階では、ひとつだけの布団を見て、半七が困り果てていた。

「どうするんですか。このままじゃ明日、うちの親父がお花さんのうちに行きますよ」
「だって、こんなことになるなんて」
「もうしょうがないですから、お花さん寝てください。わたし起きてますから」
「いいえ、わたしが勝手に着いてきたんですもの、半さん寝てくださいな」
「あたしはあなたが起きてるのが一番怖いんですよ」

半七が帯を解いて布団の真ん中に境界線をつくろうとする。
「あなたは帯とかなくて良いんです。そういうことしようってんじゃないんですから。
…いいですか、こっから先は京橋。こっからこっちは日本橋。京橋の人は日本橋に来れません。よいですね」

その頃階下では。
「ばあさん、いいねえ若いものは。もう新居の相談しているよ」
丸聞こえである。

そうこうしているうちに、外ではぽつりぽつりと雨音。

「半さん、雨」
「雨ぐらい降ったっていいじゃありませんか」

すると、遠雷。轟が不気味にやってくる。

「半さん、雷」
「あ、だめです。近寄っちゃいけません、だめですだめです」

お花がじりじりと半七のそばに寄ると、半七はじりじり下がる。ぴたっと壁に背中がついたとき、カッという光とともに地が揺れるほどの大きな音。落雷だ。

「半さん!こわい!!」

と、お花が半七の胸へ飛び込んだ。
木石ならぬ半七、白粉香るお花の背に思わず腕を回し、ぐっと引き寄せ抱きしめる。
はずみで崩れたお花の脚は、裾をはだけ、朱い縮緬の襦袢からすらりと覗く。
半七の手がお花のその真白い脚へ伸びる、そして…

ここから先は本が破れてしまってわからず。
お花半七の馴れ初めでございます。

待っていたらあっという間に年増になるそうですよ

他の噺家さんのお花は半七のことを「半ちゃん」と言っています。
幼馴染設定なので、小さい頃からの呼び名でしょう。
うちの噺家は、お花に「半さん」と呼ばせています。
これは、お花も半七もお年頃になっていて、お花は半七を大人の男として見ているのであろうと思います。
もしかすると、お花は少しだけ半七よりも年上なのかもしれません。

概して女は男よりも敏いもので、大人になるのも早い。
男子は女子よりいろいろと遅いし、鈍いわけであります。
お花にとって半七は、いつまでも碁ばっかりやってないで、ちょっとは隣にいる女子に関心持てよ、というところなわけです。

そんなお花に千載一遇のチャンスがやってきます。
夜更けに家にふたりで帰れないお泊まりフラグ。
現在なら、終電逃して「じゃあ、しょうがないからホテルいこっか。あ、大丈夫何もしないから」状態です。

ここで恋を仕掛けられるかそうでないかがわかれます。
チャンスは最大限に活かすもので、逃すものではない。ましてや、恥らっている場合でもない。
ここで行動できる女が、次のステップに一歩踏み出せるというわけです。

シンデレラは黙っていて王子様から見初められたわけではありません。
自分が一番綺麗に見えるドレスを着て、王子様が「ろくなのいねーなー帰りてーなー」とか思っているタイミングでパーティーに乗り込み、「今日はお持ち帰りか」と王子様に思わせたところでかわし狩猟本能を喚起させているわけです。

お花も、半七が据え膳状態のところ、何かの予感を感じながらも年頃のお嬢さんに手を出すようなことがあってはいけないと理性と戦っている状態にさせて、雷が落ちたところに一気に理性の糸をブチ切りにいきます。
これが、チャンスを活かすということです。
ここぞというときは、「既成事実」を作りに行くというその行動力が、明日の恋愛力を引き出すのです。

最近は結婚したい女の数と、結婚したい男の数がどうも合わないという現象だそうで、女の方ががっついているようであります。
がっついているように見せないようにするには、この千載一遇のチャンスを最大限に活かすことです。常日頃押してはいけません。
そのタイミングを待つのです。虎視眈々と。

ところで、このタイミングはいつやってくるのかというと、やってくるかもしれないし、来ないかもしれない。
だから、「恋愛して結婚してえ!!」って思うのなら、とりあえず仕事はおいといて、アンテナ張り巡らせるそんな時があっても良いのではないかと思うのですよ。


これほど惚れたる素振りをするに あんな悟りの悪い人(都々逸)