無駄な殺生はせぬ!花は桜木、人は武士

落語に出てくるといえば、長屋の住人に職人、お店の若旦那というのがお決まりですが、お武家さま、お侍さんも出てきます。
講談なら「すらり抜いたる氷の刃」ってんで、いかにも武士らしい立身出世のストーリーが多いお侍さまですが、落語となると何故だか締まらない、町人に莫迦にされる話がお約束でございます。
それには理由があるわけで、体制批判だけではないのです。


お侍さんは公務員

時代劇なんかでお侍さんが町人をバッサリやるなんてシーンを見ることがあったかもしれませんが、江戸も大平の世の中になってまいりますと、刀を抜いたことがないなんというお侍さんが出てきます。
というのも、刀というものはこの頃では武士である身分を表すもので、人を斬るためのものではなくなっておりました。

人斬りなんかをしようものなら、出世の道が閉ざされる。
むやみに殺生をしてはいけないという時代となっていましたから、二本の脇差はそれこそ飾りと同じです。
なのに、その二本の刀をチラつかせては、町人を上から目線で脅してみたりいばり散らしていたようでございます。

お侍さまは公儀のお役目を持っている、いわゆるお役人、今でいう公務員。
落語の「たがや」の中に出てくるセリフに「ありゃあ、お侍が偉えんじゃねんだぜ。馬にまたがってるお殿様が偉えだけだ。それを自分が偉えみたいにいばり散らしやがって。だから俺はお侍ってのは大ぇ嫌いなんだよ」とありますが、まさにその通りで、何もできないのにお上の笠を被っていばり散らしていることが、町民・平民には面白くなかったのでした。

武士もつらいよ

では、お侍さまは本当に町人・平民より暮らしが良かったのかといえばそうでもなく、寧ろ大店の商人や腕の良い棟梁よりも苦しい生活ぶりでした。
武士といえども、そこは公務員。扶持が決まっていてその中でやりくりをしなくてはならず、稼ごうと思えば稼ぐことができた町人や商人とは違い、なかなかつらいところであったようです。

公務員というお立場があるものですから、町人に混じって寄席に芝居にと出かけることはできません。
というより、寄席や芝居は体制批判が繰り広げられる「悪場所」でしたので、取り締まる側でした。
故に、そんなところをうろつこうものなら町人から冷たい視線を投げかけられる。それなら良い方で皮肉まで言われてしまう。
刀にものを言わせようものなら、自分の出世が閉ざされる。ストレスはたまる一方でございます。

少ない楽しみの酒を買いに行けば、商人に頭を下げなければならない。
お金がないからツケにしてもらおうとすると「しみったれ」と江戸っ子は莫迦にする。
二本差しに手をかけながら脅していると、今度はツケじゃ売れないから現金払いでと言われる。

町人は、そんな武士の暮らしぶりをよくわかっていたし、刀を抜くことができないことも知っていました。
しかし、大っぴらに言えばしょっぴかれる。そこで、落語や芝居で武士を「愚弄」して鬱憤を晴らしていたというわけです。
江戸の頃は、政治的には武士の身分は確かに高かったのですが、すでに町人・平民の時代になっていました。

それでもやっぱり「人は武士」

しかし、お侍さま、お武家さまを全て莫迦にしていたのかというとそうではなく、落語の中にも出てくる大岡越前守は名奉行として知られています。
町人の味方で、しかも人情味溢れるお裁き。江戸っ子たちにとってはヒーローだったのかもしれません。

そして「忠臣蔵」。
事件が起きたのは元禄の頃でしたが、「仮名手本忠臣蔵」はハズレがない演目。必ず大入りするという江戸っ子が大好きなストーリーです。
江戸っ子たちが惚れ抜いたのは、赤穂浪士の忠義の魂。
太平の世の中で、武士の心が古いと言われてしまう時代になっていたからこそ、武士であることを貫いた赤穂浪士たちの活躍とドラマに、江戸っ子たちは夢中になったのでございます。

落語「井戸の茶碗」に出てくる、浪人と参勤交代でやってきた武士を、清貧と正直、信念を貫く「良い人」として描いています。(その武士の信念によってくず屋が巻き込まれるのですが)
この噺の中には悪人というのはひとりも出てきません。
ずいぶんと極端な描写ではあるのですが、「これぞ江戸っ子」と見せたかったからこそのストーリーなのかもしれません。

今も昔も「花は桜木、人は武士」。
武士という生き方、男に、憧れていたのでしょう。

だからこそ、武士の信念とはかけ離れた根性で権利を笠に着ている役人を、落語にして芝居にして、パロディにしてしまう。
政治とカネの問題が出ると国民がネタにする 。そんなループを繰り返しているようでございます。