落語を聴きながらちょいと一杯 新橋の老舗「北海道料理炉ばた」の粋な夜

カウンターの中にある座敷には座布団がひとつ。出囃子が鳴って噺家が上がり、正面を切ったその瞬間、飲み客たちはその高座に引き込まれた。

ビジネスマンの街、新橋。創業昭和45年の老舗「北海道料理炉ばた」では、毎週火曜日と土曜日に「炉ばた寄席」が開かれている。飲み代だけで落語が楽しめるとあり、古くからのお得意様も多い。初めて落語を聴くという客は「落語が聴けるなんてびっくり。迫力がすごい」と目を丸くしていた。

同店で寄席が始まったのは、創業と同年だ。

「店を開いて、秋くらいだったかしら。前座の朝治さん(現三遊亭円橘)が裏口からやってきて、タダで良いのでここで落語をさせてくださいって言ったのよ」と、女将の伊林登美子さんは振り返る。

こうして、円楽一門会の大御所となる朝治(現三遊亭円橘)、後に笑点で人気者となる林家九蔵(現三遊亭好楽)、五代目円楽の総領弟子であり現在では円熟の芸を聴かせる三遊亭鳳楽の「新橋三羽烏」で、炉ばた寄席は始まった。
以来48年間、寄席は毎週欠かさず行われ、現在に至るまでその回数は5000回を超える。

三羽烏は真打になるまで新橋の客を笑わせ続け、現在の座長は三羽烏・鳳楽大師匠の総領弟子、三遊亭楽松さんだ。
前座時代から出演し、座長となってからは25年間炉ばた寄席の番組を組んでいる。

ほろ酔いが心地よい19時30分、「今日の出演は三遊亭楽松です」と声がかかり、噺家が高座に上がる。今日の演目は、江戸時代に名工と謳われた左甚五郎の人情噺「ねずみ」だ。
話がクライマックスに入ると観客は固唾を飲み、サゲではワッという声と拍手が沸き起こる。

48年5000回の間には、若手から大御所まで様々な噺家たちが炉ばたの高座に上がった。笑点メンバーの林家木久扇に林家こん平、若手噺家であった頃の柳家小三治、「世話になっているから」と先代の柳家小さん大師匠が上がったこともある。

女将である登美子さんが「忘れられない」という高座は、故五代目圓楽大師匠の「芝浜」だ。

「まだ“星の王子様”と呼ばれている頃でね。自分でも泣きながら演って、お客も一体になって聴き入って、本当にすごかった。引退した時も「芝浜」だったから、あの時の「芝浜」で勇退したんだなって思ってねえ」と振り返る。

天井近くの壁にかけられている茶色くなった根多帳には、45年の演目全てが記されている。その歴史を見守るのは、炉ばた寄席を始めた五代目円楽一門会の大師匠である故三遊亭圓生の写真だ。
「ここは落語を聴く場所ではなくて、酒を飲む場所。ここのお客様の前で落語できたら、怖いもの無し」と座長の楽松さんが笑う。

落語の他にお得意さん達が楽しみにしているのは、エビスビールと出汁が絶品の特製おでん。お酒なら北海道の本醸造生貯蔵酒「大雪の蔵」。口当たりがやわらかくフルーティーな残り香は女性にも人気だ。
アスパラベーコンにじゃがバター、氷下魚(こまい)など北海道ならではの料理に、客たちの酒も進む。
落語を聴いてさっと帰るのもよし、じっくり語り合いながら飲むのもよし。どんな飲み方にも寄り添う、粋な大人の空間だ。

「本当に、いろんな噺家さんたちが来て喋って行ったわねえ」と女将は振り返る。
落語と酒と美味しい肴。今日も新橋炉ばたには、憩いと笑いを求めた人々がやってくる。

北海道料理 炉ばた

住所・港区新橋4−15−1

☎︎03(3433)7655
営業時間・月~金PM5時~PM11時30分(フードL.O.PM10時45分、ドリンクPM11時)
土PM5時~PM11時(フードL.O.PM10時15分、ドリンクPM10時30分)
日、祝祭日PM5時~PM10時(フードL.O.PM9時15分、ドリンクPM9時30分)

炉ばた寄席:毎週火曜日・土曜日 PM7時30分頃から
木戸銭:食事代のみ


※この記事は、一般社団法人日本地域振興新聞社発行「港区新聞」2018年10月号1面に櫻庭が執筆したものです。